rinshunn’s blog

京都、栃木、ときどき哲学。

不信心音楽鑑賞

さる先輩の方からご案内を頂き、室内楽の演奏会に行ってきた。

 

お恥ずかしい話だが、クラシック音楽の演奏会などに携わっていながら、実際のコンサートに足を運んだ経験というのが僅かにしかない。率直に言って、「敷居が高い」のである。

 

私の周りは環境としてクラシックに造詣が深い人間が多く、必然的に、クラシックについての会話が高度になる。どこそこの演奏会に行った、だの、誰それの演奏を聴いてきた、という話題になるや、プログラムの編成がどうのあの奏者の癖がどうの、とさながら知識のポケモンバトルの感を呈し出す。対してこちらは、高校からオケを始めて、18になるまでクラリネットオーボエの区別がつかなかったような不信心者である。チケット予約の段階で審査落ちするのではないか、と、CDやYoutubeで好きな曲をいいだけ聴く、というところに長らく落ち着いてしまっていた。

 

楽器を続けて今年で9年目になるが、ここに来てようやく、もっと気軽に演奏会に足を運ぶことも大切だなあ、と思い始めたのだ。単なる聴き手としてであれば、何もクラシック音楽を「分かる」必要など無いわけだし、弾き手の面汚し端くれとしてであれば、前提となる知識はどうあれ、音楽が作られる「現場」がどんなものなのかは見ておいて損は無い。こう言い並べてしまえば当たり前のことではあるけれど、ド素人と玄人はだしが轡を並べるアマチュアクラシック界隈にとっては、案外明確に認識されていないんじゃないかなあとも思う。だからと言って、これから頻繁に演奏会行ってきまーすともならないとは思うけど、たまには良いものを見聞きするのもまたよしである。

 

どんな人であれ、もっと気軽に聴いてくれたら、さらに言えば演奏会に足を運んだらいいんじゃないだろうか。クラシック音楽に関わり、あまつさえ演奏会の主催者でさえあった人間ですらこんなんなのだから(つらつら振り返るにどうして自分に音楽団体の代表などが務まったのか甚だ疑問である。ちなみに今回の演奏会の主催者はその当時お呼びした客演指揮の先生だった)。

朝と夜の間で

朝ご飯を食べ、昼ご飯を食べ、夜ご飯を食べる。最近の私の生活を大づかみに説明すると、大体こんな感じになる。

こういう言い方をするとさも真っ当な日々を暮らしているかのようだが、それは目と鼻と口があるからといって、私が佐藤浩市と同じであると結論するに等しい(まあ実際等しいわけだが)。

 

問題は、このサイクルのどこに「睡眠」が入ってくるかである。

 

専門の授業は奇しくも午後に集中している。そして夜には夜で「絶対欠席できない」所用がある。活動的な時間は、自然と後ろにずれていく。帰ってきてからご飯を食べる、うだうだテレビを見る、寝られないからといって本を手に取る、口元が寂しくてお茶を飲む、勉強が捗り出す…自然、夜が明けている。仕方がないので、朝ご飯を食べる。お腹が一杯になって、ようやく眠くなる。昼過ぎになって起きてくる。そして、以下無限ループに陥る。計算上、日本にはいるものの、大体GMT+02:00程度の時空に生きていることになる。京大はグローバル人材の輩出を謳い文句にしているが、私こそその理念を生活において具現していると言えるだろう。

 

「三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい」なんて都々逸があるけれど、過ぎたる夜更かしの末とあっては、長々し朝を独りかも寝るしかないのである。

巡り逢いたい仇

浪人1「金は仇じゃ」

浪人2「げにも」

浪人1「ところで、久しく仇に巡り会わない」

 

落語の小話でこんなものがある。

偶然なことに、私も仇に巡り会わない。それどころか、「チケット代」とか「団費」などといい、仇のほうから私を避けていってしまう。堂々と向かってきてくれたらいいのに、困ったものである。なんならいっそ仇が恋しい。

 

金がなかろうとなんだろうと、人間食べなくては死んでしまう。こうなると「乏しい元手でいかほど食えるか」が日々の勝負となる。 

 

まず、外食などは論外である。冷静に考えれば、学食とてそう安いものではない。さらに我が大学の学食には「さして美味しくもない」という特色もある。高1のオープンキャンパスのおり、まだ改築前のルネで塩豚カルビ丼だかなんだかを食し、受験を思いとどまろうかと考えたことがあった。学生証のチャージ残高もおぼつかないとなれば、わざわざ学食の列に並ぶことはないわけだ。

 

まあ結局は自炊ということになるわけだが、ここで「購入先」と「食材選択」を誤ると元も子もない。 この街はとかく物価が高いので、ただ「近い」というだけで購入先を選んだり、「食べたい」というだけで食材を選ぶと、千の位に来てはいけない数字が並んでいたりする。一番安い葉物野菜に油揚げ、シメジときどき卵、というような食材が買い物かごの常連である。新しく出来たスーパーが学割をやっているので最近はそちらを利用しているのだが、肉に関しては前のスーパーのほうが安かったなあ、と最近は食肉コーナーが足遠くなった。

 

ただ、今回は買い出しに行くのも微妙な手持ちである。家に或るものを工夫しつつなんとか凌がなくてはならない。

その結果として編み出されたのが

「煮干しを魚として捉える」

という策だった。

要は、煮干しを油で炒って、焼き魚の要領でご飯のおかずにするのである。

本来ダシとして用いられるものが、一気に食卓の主役としてスターダムを駆け上がる。

小皿に盛られた簡素なそのビジュアルは、「タマのえさ」などとキャプションされていても全く違和感がない。

ただ、馬鹿にするなかれ。もとがダシ要因だけあって、味は美味しい。油で炒ったことにより僅かな身がふんわりと仕上がり、皮目には香ばしささえ感じられる。

ちょっとした冗談でやってみたことが見事に当たってしまい、誰よりもこの私が一番当惑している。

 

よほどの物好きであるなら、一度試してみてはいかがだろうか。

風邪の便り

葵祭が終わったあたりが京都の初夏の終わりで、日差しは日に日に本気を出し始める。もう少しすると疎水に蛍が現れて、それが梅雨入りの非公式宣言である。

 

季節の変わり目は情緒にばかりではなく、物理現象として肉体にも訴えかけてくる。

季節の谷間毎に、私は必ずと言って良いほど風邪を引いている。大体パターンも決まっていて、喉にやってくる。去年くらいから四季どころか初夏、梅雨、晩夏ときめ細やかな季節の変化の目印になり、30手前までには二十四節気に完全対応する予定である。

 

雨の日が増えてきたので、もはや当然のように喉は違和感を訴えている。じきに治ると言っておきながら、最近薬の効きが悪くなってきた。ウィルスのほうは学習しているらしいのに、免疫機能のほうは全く成長していない。一体誰に似たのか。

 

箱買いしておいたポカリが役に立った。暖かい蜂蜜紅茶を飲んで、今しばし横にならなければならない。

純粋餃子批判

栃木県宇都宮市。私が産まれ、大学進学までの18年を過ごした。

 

北関東最大の都市であり、その高度な文化水準と発展ぶりは、まさに私が体現している通りである。帰省するたびに店が消え、人々の姿はまばらとなり、駅前のロータリーには族車が群れを成している。どうにかしなければ早晩滅ぶのではないかと本気で心配している。

 

さて、この宇都宮にも、全国レベルの知名度を誇るものがある。

「餃子」である。

 

たかが餃子、という勿れ。「ラーメンのおまけ」程度の認識しか持っていないのなら、あなたは宇都宮では生きていかれない。宇都宮では、餃子こそ、食卓の王者である。

 

町おこし云々というわけでもなく、なんでだかもともとやたらと餃子専門店が多い。正直どれもこれも美味しいというわけではなく、やはり王道のシンプルな餃子で勝負しているような店に限る。市民のほとんどは「みんみん」派と「正嗣」派とのいずれかに属し、異なる党派間での結婚は、「治安維持」の名目から条例により固く禁じられている。もとい、餃子の贔屓が違っては、共に食卓を平和に囲むことなど出来るべくもない。

 

ちなみに我が一族は「正嗣」党であるが、時折、冷凍餃子を京都に取り寄せて食べたりする。インターネットとは便利なものだ。京都の友人に振る舞うこともあるが、だいたい、ハズさない。当然のことである。

 

関西では、飛車だか桂馬だかという中華屋が餃子屋を僭称している。宇都宮人として、実に嘆かわしいことだ。 

 

 

 

 

バイト代

学会バイトのお給金を頂いてきた。別にえらい先生の接待をするでもなく、ペーペーの私は口頭発表のタイムキーパーを仰せつかっただけなのだが、鐘を鳴らして金が出てくるならこれほど温いことはない。

 

学問への信心が薄い不心得者なので、実は学会なるものに顔を出すのは初めてのことだった。

「フォーマルな学会」との説明だったので、スタッフの学生もスーツ着用を命じられた。フタを開けてみたら、発表者の3人に2人がジーンズだった。ステテコやアロハシャツでなければ礼服と見なされるのがこの界隈らしい。

 

なんにしろ、お金というものはありがたい。

深夜のブランコ

定期演奏会のチケットを渡すついでに、Kさんとラーメンを食べに行く約束をしていた。

 

いつものように北部キャンパスで待ち合わせて、とりあえず北へ向かう。どこへ行くかは約束の段階でとっくに決まっているか、でなければ何一つ考えていない。今日は後者なので、ある家系ラーメンのお店へ行った。受け取ったチケット代が、そのまま晩ご飯へ溶けていった。

 

Kさんと別れて、家路を南へと急ぐ。急ぐ、と言ってもそれは言葉の調子の都合で、実際はただ帰って寝るだけのスケジュールに急ぐも何もありはしない。

帰り道の途中に、ちいさな公園がある。住宅地に良くあるようなありふれた造りで、遊具にあしらわれた円鼻の新幹線だけが、作られた時代を物語っている。

誰もいない公園を独り占めしてみたいな、と思った。

 

自転車を停めて降りたったところで、一周しても3分とかからない。23歳児が利用することは想定されていないらしく、遊具の大半は、使おうにも乗ることさえ許されない。大人になるって、案外面白くないのかもしれない。

ブランコだけが、私を受け入れてくれた。深夜の人跡稀な公園で、いい大人がブランコをこいでいる。いや、むしろ誰もいないからこそ乗っていられるのだ。

義務教育だった頃を最後にブランコなんて乗ってないけど、この遊具は案外酔うらしい。揺れる運動の「ゆわーん」という感じがお腹のあたりに迫ってきて、折り返しのたびにゾワッとする。こんなんだったっけ?身体が大きくなった分、反動も大きくなったのか。ゆわーん、ゆよーん、ゆやゆよん、というオノマトペは、実に絶妙な言語感覚というほかない。

 

大人の遊具とかあったら面白いんじゃないか、と思ったけど、倫理的な問題を匂わせる響きがする。

 

カエサルのものはカエサルへ、子供の遊び場は子供たちへ。また明日やってくるだろう小さな支配者たちに公園をお返しして、大人な私は家路に就いたのだった。