寺子屋稼業のかたわらで

京都、ときどき栃木。

パスポートの話

大学生、というと海外旅行やら語学留学やら。 そういう風潮が強い時代にモラトリアムを送っていた。 なんだかなあ、という気持ちが、私を時代の波とやらに乗り損ねさせてしまった。 すなおにやっときゃいいのに、ということを、ことごとく逃して、今の私があ…

世界、カプセルホテル

「午前中断水」と書かれた紙が、郵便受けに入っている。 終わった話ではない。3日後のことだ。 昼に起きて遅く帰る生活で、午前中に水が使えない。用も足せなければ歯も磨けないし、顔も洗えないとなれば出勤もままならない。しかし、有休を取るにはまだ2ヶ…

夏の真ん中、盆地の底

アスファルトでミミズが干からびている。 時節柄べつになんということのないはずの画が、どうにも他人事とは思えない。 水を求めて地に焼かれるのと、「そういうことになっているから」という誰が言ったか分からない理屈で日に照らされているのと。 万物の霊…

ZOZOスーツと水無月の6月

ZOZOスーツが届いた。 整体に通い始める決意をした。 ZOZOスーツを注文したのは、サービスのリリースが決まってそう間もない頃だったと思う。もはや遠い昔のことになってしまって、具体的にいつだか全然思い出せない。あの頃のスーツは、悪いウルトラマンみ…

ZOZOスーツと水無月の6月

ZOZOスーツが届いた。 整体に通い始める決意をした。 ZOZOスーツを注文したのは、サービスのリリースが決まってそう間もない頃だったと思う。もはや遠い昔のことになってしまって、具体的にいつだか全然思い出せない。あの頃のスーツは、悪いウルトラマンみ…

選びうること、選びえないこと

休日の夜にカフェインを効かせすぎて、日が出るか出ないかというころになってようやく眠気がやってきた。出勤まで、それでもなんとか7時間はある。 明け方が朝になろうかという頃。隣の部屋の人が、壁に何ごとかぶつけている。いや。音にしては、身体に感じ…

初任給の京都

葵祭がすぎた頃から、盆地の風に少しずつ見通しの悪さが混じってくる。生暖かさが夜に及びだしたら、街中が祇園祭のコンチキチンにつつまれるまではそう遠くない。 それでも、半袖で通すのにはまだ気が早い。窓を開けていさえすれば、エアコンの電気代に頭を…

春夜思

モラトリアムに駆け込んでくるように、今年の桜はいつになく早くやってきた。御室桜も4月早々には満開になってしまって、京都にはもう初夏の足音がしている。 疎水の桜もそろそろだろうか。そう思って身ひとつで散歩に出たのは、もう3月も終わるかという日の…

ある幸せの話 —友人の結婚式によせて—

オーケストラ時代の同期の結婚式だった。 晴れ間の雨と、雪まで舞っている。傘を持とうか持つまいか悩ましい。オリンピックでも吉事があったし、神威の類にとっても今日はめでたいのかもしれない。とはいえ寒い…観光客の合間を、昨年夏の演奏会以来ご無沙汰…

雪夜の一人称

いやに冷える夜更けだと思えば、音もなく雪になっている。なるほど、寒いはずだ。窓の外のいつもの景色に、ふいに東山魁夷が思い出される。見えているのは吉田山であって、鴨川ではないのだけれど。しかし、となれば、寝間着を着替え、ダウンジャケットを羽…

帰りなんいざ

論文に追われて大晦日まで京都で過ごした挙げ句、なんとなく”すわりが悪い”という理由で、結局元旦から新幹線にゆられていた。 東大路を、七条の駅へとバスが下がっていく。吉田神社、熊野神社、平安神宮、知恩院、そして八坂神社…初詣という世間の非日常が…

実家の柿

雑草園と化していた実家の庭も、いわゆる「老境を迎えた」というやつなのか、最近は親がせっせと手入れをしてだいぶ体裁が整いはじめた。牡丹だ菊だプチトマトだ、とどうにも賑やかなことだ。そのうち石油でも湧くのかもしれない。 台風が通り過ぎた頃、唐突…

こんちきちんの夏

バイトの研修が終わり大通りに出ると、帰り道に交通規制が敷かれていた。 京都という街は悠長なもので、100万人以上の人口と1億人以上の観光客を抱えているにもかかわらず、きわめて気軽に交通規制が掛けられる。しかもその辺の小路ではなく、主要な大通りが…

ソクラテスの牛丼

彼女と牛丼屋はアリかナシか、という哲学上の難題が存在する。 「おひとりさまでどこまでできるか」と同じく、「彼女とご飯はどこまで許容されるか」ということについては、21世紀に入ってもなお、統一した見解が得られていない。こと「牛丼屋」に関して言え…

四半世紀のスケッチ

関東での説明会が中途半端に差し込んで、1週間ばかり帰省することにした。 午前中には京都を発つつもりだったのに、目が覚めてみると時計はとうに12時を過ぎていた。荷造りもままならぬのにテレビなどに気を取られて、駅へ向かったのは14時半ごろだった。 日…

珈琲序説

駅と無く、観光地と無く、土産物屋の軒先は「京◯◯」という名のお菓子で一面の抹茶色だ。 もちろん、京都が茶どころであるのは間違いない。そして、抹茶などを嗜んだり飲んだりする機会も、他の地域に比較すれば多いのかもしれない。 しかし、この街に住まう…

孤独な夢想者の散歩

交通費を浮かす窮余の策で、四条河原町からの帰りを歩くことが多くなった。 歓楽街に始まり、文教地区に至る。30分と少しの道のりだが、流れていく風景には、この街のすべてが映っている。クルマ社会で人生の大半を送ってきたけれど、いやそれだけにだろうか…

千年の愛人 —田舎者と7年目の京都—

さて、愛人というのは身分なんだろうか、それとも、職業なんだろうか。そもそも、いつごろからある言葉なんだろうか。 「妾」という日本語もあるし、そもそも「愛人」は中国語では「恋人」という意味の言葉だ。これはなんだか変だ。 いや、今は「愛人とは何…

寝たけれども寝たけれども

ねないこ、だれだ? 私である。 コタツだの学部棟だのでは自由自在に意識を飛ばせるのに、どうしてベッドという本来寝るべき空間ではなかなか寝付けないのか。 気になって夜も眠れない。 寝付きが悪い癖に、寝始めると長くて、しかも睡眠不足が露骨にパフォ…

悲しきイエスマン

お前のどこがイエスマンなんだ、基本何かと喧嘩してるじゃないか。早速そんな声が飛んできそうだ。 ところがどっこい、今日の私はまごうことなきイエスマンだった。何を言われても、何を聞かれても「はい」「はい」と応じるばかり。自分の意見を言おうにも、…

ある正月のスケッチ

我が家の初詣は正月の2日、日光に行くのがお決まりとなっている。 田舎者なのでどこかへ行くというと迷うことなく車であって、ハンドルを握っているのは、始めから終わりまで父だった。近年は私が免許を取ったために、少しずつ不肖の長男に運転席を譲りつつ…

出がらしの煎茶はふるさとの味

「朝茶は一日の難逃れ」という言葉は、生活の作法として幼少の頃より仕込まれてきた。実際は朝食にトーストが出たりすると朝茶がホットコーヒーになったりするわけだが、それでも休日の朝は、たいてい食後に煎茶が出てくる。 朝日と共に就寝する生活が久しく…

置い読(とく)という愉しみ

独り暮らしの家にしては本が多い方なのではないか、と勝手に思っている。 図書館というものと折り合いが悪く、昔から本は買って読んでいた。親も本と言えばかなり融通を利かせてくれたので、本屋に連れて行かれる度に、何時間もかけてどれにしようこれにしよ…

ガートルードの焼き肉

田舎者なので、都市や街を見るとき、自然と「ここは車社会かどうか」ということを考えている。地元である栃木は典型的な車社会だし、そうかと思えば大阪市などは、マイカーなどは持て余してしまいそうな雰囲気がある。 さて、ここ京都はどうかと言えば、いわ…

不信心音楽鑑賞

さる先輩の方からご案内を頂き、室内楽の演奏会に行ってきた。 お恥ずかしい話だが、クラシック音楽の演奏会などに携わっていながら、実際のコンサートに足を運んだ経験というのが僅かにしかない。率直に言って、「敷居が高い」のである。 私の周りは環境と…

朝と夜の間で

朝ご飯を食べ、昼ご飯を食べ、夜ご飯を食べる。最近の私の生活を大づかみに説明すると、大体こんな感じになる。 こういう言い方をするとさも真っ当な日々を暮らしているかのようだが、それは目と鼻と口があるからといって、私が佐藤浩市と同じであると結論す…

巡り逢いたい仇

浪人1「金は仇じゃ」 浪人2「げにも」 浪人1「ところで、久しく仇に巡り会わない」 落語の小話でこんなものがある。 偶然なことに、私も仇に巡り会わない。それどころか、「チケット代」とか「団費」などといい、仇のほうから私を避けていってしまう。堂々と…

風邪の便り

葵祭が終わったあたりが京都の初夏の終わりで、日差しは日に日に本気を出し始める。もう少しすると疎水に蛍が現れて、それが梅雨入りの非公式宣言である。 季節の変わり目は情緒にばかりではなく、物理現象として肉体にも訴えかけてくる。 季節の谷間毎に、…

純粋餃子批判

栃木県宇都宮市。私が産まれ、大学進学までの18年を過ごした。 北関東最大の都市であり、その高度な文化水準と発展ぶりは、まさに私が体現している通りである。帰省するたびに店が消え、人々の姿はまばらとなり、駅前のロータリーには族車が群れを成している…

バイト代

学会バイトのお給金を頂いてきた。別にえらい先生の接待をするでもなく、ペーペーの私は口頭発表のタイムキーパーを仰せつかっただけなのだが、鐘を鳴らして金が出てくるならこれほど温いことはない。 学問への信心が薄い不心得者なので、実は学会なるものに…