寺子屋稼業のかたわらで

京都、ときどき栃木。

帰りなんいざ

 論文に追われて大晦日まで京都で過ごした挙げ句、なんとなく”すわりが悪い”という理由で、結局元旦から新幹線にゆられていた。

 

 東大路を、七条の駅へとバスが下がっていく。吉田神社熊野神社平安神宮知恩院、そして八坂神社…初詣という世間の非日常が、「いつもの」車窓に、なんともいまさらな驚きを与えてくれている。祇園花月にも行列ができている。きっとこれも初詣なのだろう。

 

 観光寺院はともかく、元旦の京都は、思いの外に地元民の空間だった。晴れ着姿の中国人とおなじく、混み合うバスで空席を狙う私もまた、「よそのお人」ということらしい。いずれにせよ、なにをどうしたって私は田舎者なのだ。

 

 この街にはまだ居続けることになるけれど、いつの日か、京都こそが「帰るべき場所」になる日が来るのだろうか。それとも、私にとって、故郷は故郷でありつづけるのだろうか。10年後なにをしているのかも分からないのに、そんなことを考えてしまう。

 

 新しい道が通り、知らないビルが建ち、故郷もいつかは知らない街になるのかもしれない。それでも、自分にとってそこが故郷であるならば、できるだけ帰ってきたいなと思う。

 

 なにせ、田舎者ですから。