寺子屋稼業のかたわらで

京都、ときどき栃木。

パスポートの話

大学生、というと海外旅行やら語学留学やら。

そういう風潮が強い時代にモラトリアムを送っていた。

 

なんだかなあ、という気持ちが、私を時代の波とやらに乗り損ねさせてしまった。

すなおにやっときゃいいのに、ということを、ことごとく逃して、今の私がある。

 

パスポートは新婚旅行までお預けか。無駄に取得のハードルばかりを上げていたら、そのきっかけは案外あっけなくやってきた。

 

「……オーストリア?」

「どうだ通訳がてら」

「本気か」

「10月のあたまあたりで考えてる」

「そっからちょうど有給が申請できるな」

「どうだ」

「そうだな」

 

高校時代の同期の、藪から棒の提案だった。ちなみに私は男子校の出身である。

 

チャンスのあることを、断ってもしゃあない。そんな考え方が少しずつ行動につながりはじめたのは、ごくごく最近のことだ。

 

いったんやってみるとなるとこらえ性がないので、一刻も早く手続きを進めたくなるし、実物を手に入れたくなる。誕生日にトイザらスへ連れて行ってもらっていたあの頃から、何一つ成長していない。

 

京都の旅券事務所は、京都駅ビルの8階にある。申請時間は午前9時から午後4時までと、社会人の海外逃亡を阻止するのにちょうどいい設定になっている。

どうせ平日の昼下がり、そんなに人もいないだろう。思い込みと魂胆の甘さが、私の貴重な昼休みを3度までも奪っていった。この人たち、仕事はどうしたんだろうか。沈没しそうな船からはネズミが逃げていく、といったようなことがふと頭をよぎる。

 

怪しい者ではないことを一通りの資料で納得させると、引換券のようなものを渡される。その場で手に入るのではなく、数日後にまた取りにこいということらしい。なあんだ。

 

申請がお盆前だったので、受取りは随分と先延ばしにさせられた。実家で飯を食い、ダムと山しかないような辺境の温泉宿へ行きなどしているうちに、誰かが私の海外逃亡のために働いてくれていたらしい。税金は払っておくべきものだ。

 

5年有効と10年有効とで色が違うのだが、いわゆる朱色のパスポートは後者の方だ。額も倍ほどに違うが、当然、どちらで申請したかは言うまでもない。

 

これで向こう10年、世界の可能性が随分と広くなった。

もっとも、可能性はあくまで可能性でしかないけれど。