寺子屋稼業のかたわらで

京都、ときどき栃木。

岡崎にて

 新卒で入った会社を辞めて、3ヶ月が経とうとしている。

 

 今の下宿は、2月末に引き払うことにした。進学して以来、就職してもなおずっと動かずじまいで、2年契約をもう3回も更新している。大学にほど近くそこそこ広さもあるので、昔はよくいろいろな企画の舞台となった。2つ下の世代まで社会人となった今、もはや訪れる人もそう多くはない。

 

 宵っ張りのライフスタイルが、深く根付きすぎてなかなか普通に戻せないでいる。職場も昼過ぎの出勤で退社が夜遅かったから、結局この土地での生活で、あまり東の空に太陽を見たことがない。勉強は朝のうちにするのがいい、というのはたいていの自己啓発本に書いてあるが、どうしても日が落ちてからのほうが読むなり書くなりするのが捗るように思う。

 

 『精神現象学』の新訳が届いた。喫茶店で読むべきではないか、と思った。時計はすでに夜の10時を半分過ぎている。あそこしかない、とコートを羽織った。

 

 京都が冬らしい寒さを思い出したのは、この1週間ほどだろうか。暖冬なら紅葉は微妙だろうなんて話をしていたところで、一気に見頃が訪れた。こっちに来た頃はもっと早かったと思うのだが、年々遅くなっている気がする。手袋を忘れて、冷え性には辛い夜歩きが15分ほど続く。

 

 徒歩圏内に深夜営業の喫茶店があると知ったのは、ごくごく最近のことだ。小綺麗な全国チェーンと、なんの気負いもない老舗との2軒。安いのはチェーンだが、今夜は老舗でなければいけない。そうと決まっている。

 マスターのじいさんがひとりでカウンターを回しており、ポツポツと来店する常連たちと二言三言を交わす。店に入ったのはもう11時近かったが、むしろ常連はこの時間に来ると見える。入り口の扉には「全面喫煙可」の表示があり、テーブルには当然のように灰皿とライターが備え付けてある。タブロイド紙を広げるおっちゃん、パソコンで作業する大学院生……もはや紫煙は、この空間においてはドレスコードですらある。ガラガラの店内には、マスターの趣味で特に法則性のないBGMが流れている。コーヒーはまずくもないが、特筆するほど美味しくもない。だが、それでいい。それが良いのだ。

 

 ブレンドを注文し、さっそく新訳を手に取る。訳文の透明感に助けられて、勉強不足の頭でもそれなりにさくさくと進んでいける。訳者の怜悧さが隅々まで光っていて、自分の中途半端さに、だんだんと肝の冷える思いがしてくる。将来のこと、今のこと、昔のこと、思考を追う隙間に、次第にノイズが混じってくる。まともに生きようと思っても、どうしたって、煙に巻きたくなるようなことはある。ごまかした時間が、灰になって積み上げられていく。コーヒーが次第に冷めていく。

 

 

 退職のきっかけは、職場の人間関係だった。生徒と過ごす時間は楽しいのに、スタッフルームに戻ってくると、なにやら息がつまる。低気圧のせいにして日々降ってくる仕事をこなしているある日、急に身体が出勤を拒否した。あまりに原因に説明がつかなかったので、心の問題を取り扱う医者に相談した。

 

 適応障害、という診断書をもらうまで、そう時間はかからなかった。その2日後には管理職に話を通し、人生で初めての勤め人生活は、たったの半年で小休止に入ってしまった。それが9月末の話。

 

 10月の中旬にはオーストリアに行った。11月の初め頃に中学の同窓会があったし、その少し前には、高校の同期と東京で飲んだりもした。失職してからしばらくは、勤め人として迎えるはずだった予定が、その通りに流れていった。嘘をついても仕方がないので、その都度その都度、今の身の上を「高等遊民だ」なんて嘯いてみせもする。ただ、百万遍で許されていることが、よそでもおなじく受け容れられるとは限らない。いやむしろ、流れを降りた人間と流れにある人々とでは、同じ平面にあっても、岸辺と川面ほどに意味空間が隔たっている。

 

 ゆく河の流れは確かに絶えることはないが、流れゆく河のさまは、長明の昔から変わることはない。小路の古びた町家、四方を囲む山々、そして川沿いの散歩道。そのすべてが「これでよい」と、足すことも引くこともなく、必要な手入れを重ねつつ、ただそうして在る。そうした空間に身を置くと、変化と成長を旨とする時間環境とはどうしても縁遠くなっていく。ある者は結婚し、ある者は出世を重ね、いっぱしの社会人になっている。京都に安んじていた私はどうだろう。何かが変わり、社会の一員となるに相応しくなっているのだろうか。

 

 関東に戻る決意を固めたのは、ここ最近になってようやくのことだ。

 

 

 マスターがBGMをAMラジオに切り替えた。変わらないチェロのメロディと、新しくなったパイロットの声。JET STREAMの時間になってしまったらしい。冷めたコーヒーをお供に、ノイズを左手で燃やしながら、ふたたびヘーゲルに取りかかる。カウンターの常連は、今日が誕生日らしい。隣のテーブルでは、院生同士と見えるふたりが笑いながら煙草を燻らしている。

 この街は、こういうところだ。だから、番組が終わったら帰らなければと思った。

 

 520円ですっかり長居をした帰り、真如堂に足を伸ばすことを思いつく。

 

 吉田山の東のふもとにあるこの小さなお堂を見つけたのは、まだ京都がもの珍しい7年前の秋だった。広くはない境内だが丁寧に整えられていて、紅葉の朱の中にすっくと、三重の塔が遮るもののない青空へとそびえ立っている。春には桜、初夏には青モミジと、足を運ぶたびに、季節折々のしつらえをさりげなく楽しむことができる。京都にしては珍しくそう人数の多い場所ではないのだが、近年は紅葉の頃になると、大型バスが横付けされている光景をまま見るようになった。それでも、夜更けともなれば話は別だ。こんな時間に境内をウロウロするのは、盗賊か暇人と相場は決まっている。

 

 白川通りを上がって、東側の参道から境内に入る。西側正面とは違い、こちらは街灯もまばらで、しかも坂がきつい。足下の怪しい、石塀に挟まれた狭い階段道をひとりで登っていく。

 

 大きなお寺ではないので、境内には目立った照明設備はない。東側はお堂の裏なので、21世紀には貴重な完全な暗闇に包まれている。記憶を頼りに、参道を表へと進む。

 

 思っていたとおり、紅葉のピークはとっくに過ぎていた。手入れされた木々は梢を残すばかりで、おそらく昼間に来ても、今と同じく人影はまばらだろう。

 

 がらんとした境内であくびをした。自然と見上げた視線の先で、木々の枝先に青白く火がともっていた。晴れた月のない夜空で、星がよく見えていた。

 

 暗さに目が慣れて、灯りがひとつ、ふたつと増えていく。梢で抱えきれなくなった光が、見回すほどに散らばっていく。南の空で流れ星も見えた。星空に「降る」という言葉を与えた人は、本当にセンスが良いと思う。

 

 私だけが今、この景色を見ている。誰にでも分かち合いたいが、今誰にも教えたくない。私は思わず立ち尽くしているのに、誰も彼もおそらくこの事実を知らずに、眠りにふけっている。誰にとっても、実は私にとってすら、これは「なんの変哲もない冬の夜」でしかないのだ。こんな夜は、ほかにいくつでもあった。その「普通さ」に、「よそ者」としての私はいつでも打ちのめされる。

 

 こんなに完成された夜がありふれていて、こんなものを知ってしまって、ほかにどこに行けというのだろう。

 別れよう、という間際になって、この街はいつだってこうだ。

 

 西から次第に雲が迫ってきた。もうじきこの夜もありふれた曇り空になっていくのだろう。もう潮時だ。

 

 それでも、どんな筋書きだって、終わりは書かなければならないのである。


小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

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