寺子屋稼業のかたわらで

京都、ときどき栃木。

「ノーカー、ノーライフ」というノー、フューチャー

大学生になったら免許を取って、自分の車を持つんだ。

小学生、いや中学を経て高校生になってもなお、わたしは素朴にそう信じていた。

 

修学旅行の夕日に妙に心惹かれて、大学生になったわたしは、遠く祖国を離れ、京都を生活の舞台とすることになった。

 

新入生向けのあれやこれやの書類の中に、1枚、わざわざカラーのA4に刷られた通知が混じっていた。

 

「本学ではマイカー通学は禁止です」

 

駐車場がキャンパスのどこにも見当たらない理由を、わたしはそのときになって、ようやく理解したのだった。

 

「マイカー」という概念は、栃木を出たことのない十代のガキンチョにとっては、希望ではなく、むしろ単なる常識に属することだったのだ。

 

都市での生活は気が付けば8年にもわたり、田舎育ちの若者も、ようやく公共交通機関で暮らすということを理解し始めた。

 

それでも、休日の遠出となると、まだどこかで「レンタカー」という選択肢を思わずにはいられなかった。

だいたいどこに行くにしろ、鉄道を使った方が早いし安いというのに。

 

大学と同じ街で就職し、「社会人になったらマイカー」というもうひとつの漠然とした”常識”も、結局実現せずに終わった。

いつかは自分の車が持てるんだろうか。クルマのいらない生活を日々送りつつ、そう思わずにはいられなかった。

要る要らない、という問題ではなかったと思う。と思えば、ステータスの問題でもない。

ただ、それが生まれてこのかたの習慣であって、「そういうもの」だったからという、たんにそれだけのことだった。

 

思わぬかたちで半年にして退職し、予想していたよりも早く、クルマ社会に戻ってくることになった。

 

この街で大学に通い、ささやかとはいえ仕事もしていくことになる。

となれば、おのずから「常識」に従わなければならなくなる。

 

生まれて初めて、数十万単位の借金をすることになった。

いつになるんだろう、と思っていたことの実現は、あんがいあっけないものだった。

 

現実的なことを考えて、選んだのは中古の軽自動車だった。

本当は原付あたりでいいだろ、と思っていたのだが、長いこと地元を離れ、わたしもヤキが回ったらしい。あんなところを2輪で走るなど、命がいくつあっても足りない。

 

値段と性能とを鑑みて2車種で迷っていたのだが、結局安いほうで手を打つことにした。いまでも同じ車種を街で見るとモヤモヤしないこともないが、この街にあって、あの会社のクルマが安売りされることは絶対にないのだ(どことは言っていないがおそらく察されると思う)。

 

ただ、安いと言っても、「安物」では決してない。

小さい頃、じいちゃんのワゴンRによく乗せてもらっていた。あれから考えると、糸電話がスマホになったがごとき進化だ。

 

コンパクトだとか省スペースだとかが好きな人間なので、小回りの良さがとても楽しい。農道のいとこみたいな細い対面通行でも、車幅を気にせず走ることができる。

当然エンジンは660ccだから、踏み込んでからの加速はご愛敬。制限速度に乗るのでさえ、後続車がどんどん追い越しへと入っていく。しかし、街乗りであれば何の問題もない。ただでさえ、この街の走り方はアクセルとブレーキを踏みすぎるのだ。

ただ、高速運転はできないのかというと、そんなことはない。DレンジにDs(ドライブスポーティ)というモードが搭載されており、ボタンひとつで実に反応よく、粘り強い走りを見せてくれる。エコマークの表示が消えるので、おそらく燃費には影響するのだろうが。

 

この街の散歩道のなさにしばらくウンザリしていたが、クルマを手に入れてから、クルマ社会ではドライブが散歩なのだと気が付いた。仕事先のひとつが山のほうなので、行き帰りのナイトドライブが、いまは毎週の楽しみになっている。”車”跡まばらな道を、お気に入りの音楽とともに流していく。結局、足がクルマになっただけで、京都にいた頃とやっていることは変わらないような気がする。

 

ただ、当然ながらこの「常識」もいいことばかりではない。

まず、コストが大変に大きい。軽自動車とはいえ、購入費や税金、さらには駐車場代など、持っているだけでお金が飛ぶように出て行ってしまう。それになにより、この頃石油が高くなり始めている。いくら燃費が良いとはいえ、毎日数十キロは走るとなると、世界平和が財布にストレートに影響してきてしまう。駐車場にしろ、近いとはいえウチから歩いて10分はかかる。この距離を歩くのに自分で運転までするのかぁ……、なんて、都市生活の頃を思うと、どこかビミョーさがぬぐいきれないところではある。

 

しょうじき、生活にクルマが「必需品」という状況なり価値観なりは、さっさとなくなればいいと思っている。

自分で持ってみて分かったが、維持するだけでとんでもないお金が流れ出ていく。都市の人間とその分だけ「使えるお金」に差が出ていると考えると、これでは地域経済が”活性化”なんてするわけがない。

それになにより、やはりクルマ社会は街が広すぎる。街の密度がクルマを基準に作られているから、歩く人の立場からすると、なにもかもが大味か、そうでなければ空虚だ。いや、歩く人ということ自体が、そもそも街に「存在しない」。極端な話、都市では田舎の駐車場の分、いろんなお店があって、お金が動いているのだ。この密度の差もまた、地方経済の”活性化”に大きな影を落としているように思う。

 

トヨタの社長さんがCMで言っていたことが、とても印象に残っている。

 

「かつてアメリカには1500万頭の馬がいたが、今は1500万台のクルマに取って代わられている。馬はいま、競走馬や乗馬用として残っている。自動運転などでクルマがコモディティ化した時代において、Fun To Driveは必ず残る。」

 

わたしはこの言葉に全面的に賛成する。そしてもう一歩踏み込んで、Fun To Driveであるために、Have To Driveの要素は限りなく減らしていくべきだとも思う。

 

わたしの地元である宇都宮市では、2022年度までにLRTが開通することになっている。しょうじき住民の多くもその必要性や意義にあまりピンと来ていないようで、いまだにつまらない反対運動のビラがポストに紛れ込んでいる。

エコがどうとかそういう問題でもないし、ましてや、渋滞緩和の解決策にならないという反対もまったく的を逸している。

たとえ蒸気機関車であろうとLRTは通すべきだし、さらに言えば、LRTを通すということは、「クルマがなければ生きていけない」という生活態度なり価値観なりそれ自体への挑戦であり、提案なのだ。

この期に及んで反対を唱えているのは、地元に引導を渡しているようなものだとすら言える。

 

「マストアイテム」たるクルマを維持するだけで、何万というお金が消えていく。

そんな街に、どんな若者が未来と生活を託すというのだろう。

 

 

ただ、クルマ社会は嫌いでも、クルマは小さい頃から、もちろん今に至るまで大好きだ。

ようやく手に入れたDriveが、わたしにとってFunであることには、なんの疑いもない。

 

都会生活を経ての地元暮らしに複雑な思いをめぐらせながら、今日もわたしは、明日のガソリン代を心配し続けるのである。