寺子屋稼業のかたわらで

京都、ときどき栃木。

何と言うことのない日 時代と時代のあいだで

空前絶後の10連休、と言っても、半分以上学生身分の、名ばかり自営業だ。影響があるんだかないんだか、自分でも良く分からない。

 

いちおう家庭教師先には、

 

「祝日ですけど授業どうしましょうか」

 

と、前々から聞いておいてはいた。だが、どこの御家庭も

 

「普通に来ていただいて大丈夫です」

 

と返ってくる。

 

「むしろ先生のほうこそいいんですか?御予定は?」

「いえ特にないんで」

 

生徒と保護者の目に一瞬、影が差した気がした。

 

 

そんなわけだから、時間になれば、服を着替え、車のエンジンをかけることになる。

 

出がけに見たニュースでは、首都圏一帯の渋滞が話題になっていた。ラーメン屋で十数人分待つのだって気が引けるのである。数十キロ単位で車が並んでいるところに、飛び込んでいく気には到底なれない。

市内の道路は多少流れが緩いくらいで、休日であればこんなものか、というくらいの混み具合だった。駐車場の立派さばかりが目立っていた近所のボーリング場に、溢れんばかりにお客さんが来ている。おそらくこの10日で、10年分の稼ぎを得るつもりだろう。

 

雨脚が強まってきた。授業開始までは、まだ少し時間がある。

生徒の家からそう遠くないところに、母方の菩提寺がある。実家からは片道1時間ほどかかるのに依頼を引き受けたのは、そうした縁もあってのことだった。

 

山に近づき郷が遠くなれば、行き交う車の数もひとつ、またふたつと少なくなる。昼日中のハイビームは、誰もいない道で、ただ私の安全のためだけに先を照らしている。

 

寺に着く頃には、時計は5時を迎えようとしていた。陛下の退位礼を、私は狭い軽自動車の中で見守った。

不意の思いつきの墓参りだ。花もなければ、線香も持ち合わせていない。掃除くらいは、とも思ったが、それは降りしきる雨に任せたほうがよいような気もする。またいつでも来られるから、と、じいちゃんとひいばあちゃん、そして見知らぬその他の親戚たちに、気は心の一礼でご勘弁願う。

 

平成最後の日、そして令和最初の日。

そのどちらも、お世辞にも「よいお日より」とは言えなかった。

しかし、事実は小説ではない。だから、風景が現実になにを告げるということもない。いいことがあれば良い日になるし、そうでなければ意味合いが変わるだけのことだ。

 

では、どんな一日だったのか?もう今日は満腹で、酔いも回っているのだ。これ以上考えるだなんて、とうとできはしない。