寺子屋稼業のかたわらで

京都、ときどき栃木。

遠雷と花火と

 長い長い梅雨が明けたら、夕立の季節がやってきた。

 

 いや、夕立というには、降り方に少し情緒が足りない。あまりに情緒が足りないから、山道を運転しているときに突然降り出したりすると、楽しいドライブがふいに命懸けになる。宇都宮では最近レモンやらマンゴーやらが栽培されているらしいし、そのうち市役所の職員もアロハシャツなどを着るようになるかもしれない。

 

 夏の雨が降るのだから、これはどうしても、雷が鳴らなくてはもの足りない。京都では天神様が怒ってはるということになるのだろうが、この辺境にあっては単なる風物詩である。ただ雨と同じく、こちらも年々、演出が派手になっていっている気がする。農村に毛が生えたような街に、ハリウッド的な味付けは少しやりすぎだろう。

 

 ジムからの帰り、蒸し暑さの退かない夜道を歩いていると、どーん、どんどんというような音が聞こえてくる。これからひと雨来るのだろうか、などと考えていると、どうも遠雷にしてはリズムが軽快に過ぎる。どん、どん、ひゅーっ……どんどん。時期的にあるいは、とスマホで調べると、やはりどうもこれは花火の音らしい。日光、今市で打ち上げているのがこんなところまで聞こえてくるわけはないから(もしそうならそれはほぼ空爆だ)、おそらく芳賀の花火大会だろう。

 

 長岡の花火大会も今日だとかで、知人の何人かは、遠路はるばる向かって場所取りに奮闘しているらしい。新潟にいる弟が一度行ったそうで、有名なだけあってやはりすごい、などということを言っていた。

 

 そうか花火大会か。今は陽気にひびいてくる遠い音を聞くともなく歩きながら、思い出すことがあった。

 

 昔、私も花火大会に行ったことがある。いや、より正確に言えば、行こうとして行けなくなった。そしてそれはむしろ、行けなかったからこそ、「花火大会」の記憶として根強く留まりつづけているのかもしれない。

 

 学部2回生の夏。当時付き合っていた子と迎えた、初めての夏だった。  

 関西は大きな花火イベントがたくさんあり、そしてその多くが、京都から電車で1本で行ける範囲にあった。大学生カップルであれば、そのうちのどれかにはだいたい足を運んでいる、のだろうと思う。

 私たちもご多分に漏れず、宇治川の花火大会に行こうよ、という話になった。どちらから言い出したのかは覚えていないが、たぶん、向こうが提案したのだろうと思う。その当日は部活の飲み会があったのだが、欠席の連絡を入れることにした。飲み会文化の根強い環境だったし、理由が理由なのでだいぶ顰蹙も買った記憶がある。気が咎めないでも無かったが、当時の私にとっては、優先すべきことがまた別にあったのである。

 

 さて、当日である。約束通り浴衣を着て、予定通りの時間に待ち合わせていた駅に着いた。

 けれど、いくら待っても彼女が来ない。時間通りに来る方がめずらしいしな、と思ってしばらくは様子を見ていたが、それでもなかなか来る気配が無い。盆地の暑さが浴衣の中をグルグル回り、頭は冷えるどころかどんどん沸き立ってくる。人混みは苦手なのに、会場へと向かう列車に乗ろうと人の数が刻々に増えていく。

 

 ふと目についたタクシーを停め、なんと私は、そのまま家に帰ってしまった。

 

 30分ほどして、彼女が家を訪ねてきた。浴衣を着た姿は、いつもよりもきれいに見えた。それでも、まだ血気盛んだった私の頭は、「遅刻してきた」という事実のほうにすっかり気を取られてしまっていたのだった。

 

「綺麗にしようと思って準備してたら遅くなっちゃったの、ごめんなさい」

「時間は分かってたはずだろ、顰蹙買ってまで飲み会キャンセルしたのにいい加減にしろよ」

「だったら飲み会行けばいいでしょ」

「そういう問題じゃないだろ」

 

遅刻してきた時間の数倍以上、せまいワンルームで浴衣姿の二人が喧嘩していた。

 

 気持ちが落ち着いた頃には、すでに花火大会は終わってしまっていた。せめて気分だけでも、と街を歩いていたら共通の先輩に出くわした。浴衣姿で手を繋ぐ私たちを見て

「花火大会行ったんでしょ?どうだった!」

そんなことを言う。

 しかたなく、ふたりそろって、見てもいない花火の感想を考えたのだった。

 

 

いくらなんでもその対応は無いよなあ、と、私は花火の季節になるたびに、反省とも苦笑ともつかない気分を抱えるのである。

 

(本作はフィクションです。)